月刊オーディオマガジン「コスモポリタン」 Vol.13 清水 哲郎
清水哲郎 (しみず・てつろう) 1958年2月17日に東京で生まれる。 1987年に絵画の勉強でイタリアに移住して、以来現在まで画家としてミラノで働いている。 1985年東京の創形美術学校研究科を修了した後、ミラノの国立ブレラ美術学校で学び、1992年に主席で卒業。多数の個展とグループ展を行い2001年からは国立ブレラ美術学校で絵画を教えている。

術の聖地イタリアで、美大の教師となるまでの道のりはやはり、平坦なものではなかった。あなたが想像する芸術家の生は、どんなものだろうか? 清水哲郎さんは、一人の画家として、様々な困難な状況と向き合いながらも本当に粘り強く歩いてきた人だ。

絶望的な状況であっても絶望しないのは、彼らを常に動かしつづける美の理想があるからだ。ガンを患いながらも、絵を描くことだけで回復したという清水さん。彼のパワーが私たちの内なる芸術家を目覚めさせる!

耳のつけどころ

イタリアの人間関係とは
ガンにも打ち克つ生き様とは
ネットでは得られない学びとは
芸術家にとっての人との出会い
イタリアの素晴らしい医療システム
日本とイタリアの芸術の考え方の違い
早川洋平が今回訪問したのはこの辺り

エンパシー(共感)キーワード

画家/アーティスト/セラピー効果/アートセラピー/国立ブレラ美術学校 /生きざま/自分を表現/イタリアの医療システム/抽象画/ドラマティックな人生/前向き/絵画/ミラノ/アトリエ/出会い/芸術/ガン克服/展覧会/人との出会い


インタビューアー 聞き手 早川洋平より
29歳!?イタリアに降り立った年齢を哲郎さんから聞いたとき、僕はとても驚き、そして同時に勇気づけられたことを今でも覚えています。5浪の末、美大を諦め専門学校へ、その後2年間助手をしたうえでの渡伊。しかしそこで待っていたのは、厳しい現実。そして病を乗り越えて、国立大学で教鞭を振るいながら創作を続ける現在。これほどドラマティックな人生を歩んできた方を僕は他に知りません。ほとばしる彼の情熱が自分にも伝染する、そんなインタビューでした。


リスナーズボイス Listener's voice.

こっしーさん(神奈川県/会社員)
今回は、普段あまり接する機会のない「画家」という職業に密着したインタビューだったので、大変興味深く拝聴しました。清水さんは大変な苦労をされた方なので、当たり前ですが「好きなことをやっていても辛いことはあるんだな……」ということを痛感しました。一方で、「どれだけ辛い目にあっても決して手放せない大切なもの」があるというのは、素晴らしいことだと思います。清水さんのように自分のアイデンティティーをとことん突き詰めて考えて、自分の存在価値や他者との関わり方を見直してみたいです。
横山さん(東京都/自営業)
度重なる苦難を乗り越えてこられた清水さんのお話は自分が前向きに生きるために必要なこととは何だろうと考えさせられました。日本の病院にも免疫力を活性させるようなメンタル的な活動があれば、救われる人もどんなにたくさんいるだろうと思います。立ち止まることの大切さ、アイデンティティを認識することの大切さ、たくさんの大事なものを学べました。
太田さん(広島県/学校教員)
「日本にいたら、家族もいるし、不便なこともあまりないので、そんな強固な関係にならずに済んでしまったと思う」。この言葉が一番印象的でした。 日本で生きていても、人間関係など様々な面で「辛いな」「大変だな」と感じますが、文化も常識も異なる海外での生活・仕事に比べればまだまだ序の口なのだなぁ、ということを大いに感じました。
「人のお蔭」という言葉もありましたが、やはり厳しい世界で生きている人こそ、「常に他者に助けられている」という感覚を持ち続けることができるのだと思います。
海外で生活・仕事をするというのは、本当に大変なこと。その大変さを、ほんの少しですが、垣間見ることができて良かったと思います。
山下さん(静岡県/事務職)
絵を描くために生まれてきた人なんだと思いました。度重なる困難にも、絵を描きたいという想いで乗り越えられるなんて、すごすぎです。
しかも、その強い想いが免疫力となり、さらには作品にもなっていくというたくましさを感じました。自分のやりたいことを追求するとは、こういうことなんだと思いました。

清水哲郎さんのインタビューの一部を
無料のストリーミング再生で聴けます!
ぜひ心の耳を澄ましてお聴きください。

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おもしろくてもっと聴いてみたい!と思った方はこちらでインタビューの全編が聴けます。 単品購入の場合3,000円(税込)でお楽しみ頂けます。全編を最後までお楽しみください。
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