月刊オーディオマガジン「コスモポリタン」 vol7 中山豊光
なかやま・とよみつ/1971年熊本県生まれ。 1971年熊本県生まれ。91年に大阪の辻調理師技術専門学校卒業、神戸のフランス料理店「ジャン・ムーラン」に勤めた後、94年に渡仏を果たす。パリで日本料理店「伊勢」と7年間に渡るデザイナー高田賢三の専属料理人を経て、2009年に「Restaurant TOYO」をオープン。

先で訪れるのはレストランだけ。そう言い切るパリの高級和食店のオーナーシェフは、並々ならぬ情熱を料理に注ぎ込む。モテたくて始めたフレンチ。そこから和食に転身した彼は、畑違いの分野に悪戦苦闘しながらも独立し、成功を収める。

「自信は持たない。でも、負けず嫌いだから、常に自分を追い込んで達成してきた」。そう語る彼が、高田賢三さんとの出会いを通して得た仕事に対するポリシーとは? 海外に出ても日本人の良さを失わずにいてほしい、信念を持って何事も追求してほしい。そんな生き方を体現する彼が料理から日本人論まで幅広く語り尽くす、すべての日本人に贈るメッセージ!

耳のつけどころ

2万円の給料で過ごしたフレンチ修行時代
志半ばで、未体験の和食に飛び込んだ理由とは?
高田賢三さんから学んだ仕事の流儀
夢を叶えるために大切なポリシーとは?
日本人や日本食に対するフランス人の視点
フランス人と日本人の似ているところ・違うところ
日本人としてのプライドを貫く、とは?
早川洋平が今回訪問したのはこの辺り

エンパシー(共感)キーワード

野心家/再チャレンジ/ジャン・ムーラン/お抱えシェフ/根性/週1和食/日々勉強/日々研鑚/オーナーシェフ/女の子にもてる/欧米人/負けず嫌い/夢をかなえる/パリの侍料理人/日本人のプライド/貫く/有言実行/ハッタリ/田舎者/プライド/成功者/日本食の強み


インタビューアー 聞き手 早川洋平より
フレンチから一時的に離れること。進まない独立……そんな多くの「想定外」を受け入れてきた中山さんが、いまこの世界屈指の美食の街でシェフとして活躍し続けているのはなぜか?それは、「世界で生きるうえで、捨ててよいこと、いけないこと」を誰よりも突き詰めて考え、歩んできたからだと感じました。そんな彼だからこそ、従来の型にはまらない「日本食」を築き、世界中の人々をとりこにし続けるのだと思います。


リスナーズボイス Listener's voice.

神奈川県/水越さん
感想成功した人の修行時代の話って面白いですね。とくに、高田賢三さんに認めてもらえた理由として「どんな要求にもNOと言わなかった。どんなに厳しい環境の仕事でもやりました」と、話していたのが興味深かったです。中山豊光さんは「運命を受け入れる」ことを大切にされている方なのかなと感じました。フレンチシェフを目指しながら和食レストランで働いたりデザイナーの専属シェフになることは一見遠回りで非効率に見えます。でも、流されているように見えながら、そのタイミングでしか身に付かないスキルを磨き、リスクを恐れずに様々な経験を積み重ねているからこそ今の輝きがあるのですね。「何事も効率よく」「最短距離で物事を成し遂げること」がもてはやされる風潮のなかで、中山さんの柔軟でありながら芯の通った生き方は参考にしたいなと思いました。
岡山県/ひろさん
「一緒に仕事をするのは野心がある人のほうがよい。」と言っていたことが印象的でした。漠然と仕事をするのではなく、明確な目的を持ち目指すものがあれば、芯が通りブレずに行動できるので、結果もおのずと変わってくるんだと思いました。また、「トップランナーはライバルでありながら繋がっている。」ということもそうなのか!と思い知らされました。切磋琢磨しながらお互いを高め合う人は集まってくるんでしょうね。そんな中に入れるよう、野心を持って行動したいと思いました。

中山豊光さんのインタビューの一部を
無料のストリーミング再生で聴けます!
ぜひ心の耳を澄ましてお聴きください。

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